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もういいでしょ!


   1週間、アレヨアレヨとあいてしまいました


   この寒さは何でしょう、ただでさえ出掛ける機会がないのに、

   家にこもって、テレビを見たり、本を読んだり・・・

   勿論、食べるものはしっかり!  ぬくぬく、だらだらと生きています。

 
   読書と言えば、ベストセラーにもなっている


    佐藤愛子著「90歳、何がめでたい」、いろいろと考えさせられました。


  あたかもテレビは日本の将来の人口低下を憂い、超高齢社会の到来、

     それも独身者の高齢化が進むのを心配しています。


    「終活」もいまや、普通の会話に仲間入り。

      まだ、それほど深刻には考えていませんが、エンディング ノートは

  書き込みを初めています。


      医学の進歩は著しく、新薬は開発されています。


     それはよし、未来が拓けている若者や子供には、嬉しいはなしです。


   でも、終末期にある高齢者にはもう、必要ないのではないでしょうか?



       自然死、更に進んで尊厳死から、進んで注射で安楽死させて貰いた

      がっている終末期高齢者患者も多いと聞きます。

        でも、それは医師に「殺人幇助罪」を課することになっている日本。

    海外では、幾つかの国で公に認められているというのに。


       私個人としては賛成です。若い世代が死ぬに死ねない、死なせて貰え


       ない高齢者を支えていく未来を考えると、暗い気持ちになるのです。


       父は、大腸がんを抱えながら、自然死を望み、鳥の餌のような食事を

     食べながら、眠っている間に息を引き取りました。

  自分もそうなりたい、意識がしっかりある間に医師に

      そう告げたいと思っています。

      今日は暗い話になりました。FBのニュースでこの問題を取り上げて


      いたので、妙に気になり・・・


      お時間のある方は、少し長いですけど、よろしかったらご一読を。


    

<終末期医療の現場>「望ましい最期」模索 延命と尊厳


人生の最終段階「終末期」の在り方を巡り、医療現場などに「望ましい最期」を模索する動きが広がっている。延命措置は苦痛を伴い、「患者の尊厳」を損なうこともある。厚生労働省の有識者検討会も終末期医療の指針(2007年策定)の初の見直しを検討しており、年度内をめどに指針を改定する方針だ。【堀井恵里子、鈴木直】

 昨年10月中旬、長崎港が一望できる自宅で一人の男性(当時83歳)が息を引き取った。腎臓のがんで週3回の人工透析をしていたが、数日前から意識が薄れていた。家族は透析の予定をキャンセル。人工呼吸器や心臓マッサージもせず、残された時間を家族と静かに過ごした。

 男性が通院していた長崎腎病院(長崎市)は、余命数週以内の末期がんなどになった時に備え、延命のための治療を希望するかしないか選んでもらい、「事前指示書」を作成する。男性の家族も指示書に従った。

 男性は生前、知人を見舞った時、意識もなく医療機器につながれている姿を見て、「自分はいい」と話していた。それでも気持ちが揺れたことがあった。昨夏に体調を崩し、余命がそう長くはないとの診断を受けた際、家族にこう話した。「肺炎治ったら、がんの手術、できるとやろ?」。手術をしても完治しないことは本人も分かっていた。

 16年に同病院で死亡した患者のほとんどが人工呼吸器や心臓マッサージを希望しなかった。ただ、透析については約6割が継続を希望した。病院の運営法人の船越哲(さとし)理事長は「長く透析した人は、残りわずかでも中止は恐怖のようだ」と心情を推し量る。

 人工透析施設の47%が終末期患者らへの透析をせず--。昨年6月、日本透析医学会で、理事の川島病院(徳島市)の岡田一義副院長がこんなデータを発表した。回答施設は調査対象1407施設の4割弱だが、終末期の透析を巡る医療現場の一端を示した。

 同学会は14年に「透析見合わせ」を選択肢とした提言を公表した。高齢の患者はかえって病状を悪化させるケースがあるからだ。日本呼吸器学会が昨年4月に公表した「成人肺炎診療指針」も終末期には「積極的な治療をしない」を選択肢として明示した。指針策定に携わった長崎大病院の今村圭文医師は「高齢者は肺炎治療で絶食すると体力が落ち、のみ込む力も弱くなって(食べ物が気管に入る)誤嚥(ごえん)性肺炎を繰り返す。口から太い管を入れる人工呼吸器は、きつい治療だ」と話し、延命措置が必ずしも「望ましい最期」につながるとは限らないとの考えを示す。

 「患者の尊厳」と向き合えているのか。戸惑いは救急搬送の現場にも広がっている。総務省消防庁の調査では、救急搬送された人のうち高齢者の割合は1995年に32%だったが、15年には57%まで増加。一方、内閣府の調査(12年度)では、「最期を迎えたい場所」を「自宅」と答えた人が55%に上る。望まないまま搬送先の病院で亡くなる人が少なくない実情をうかがわせる。

 日本臨床救急医学会は昨年3月に救急隊向けの手順を公表し、がんなどの終末期で心肺停止した患者らに対し心臓マッサージなどを中止することもあるとした。患者本人の意思確認が前提で、「119番通報をしないのが望ましい」とも明記し、自宅で最期を迎えるよう促してもいる。

 東京大の会田薫子特任教授(医療倫理)は「終末期の心肺停止は『お迎え』が来た状態。その段階での心肺蘇生法は胸骨が折れるだけで、本人の尊厳を損なうことにもなる。本人の意思だけでなく、あるべき医療もセットで考えていくべきだ」と指摘する。

 ◇「多死社会」背景に

 終末期医療に関する議論は旧厚生省が1980年代後半に始めたが、加速したのは2006年に発覚した射水市民病院(富山県)の「人工呼吸器外し」問題だ。医師2人が殺人容疑で書類送検(後に不起訴)された。

 事態を重くみた厚生労働省は07年に「終末期医療の決定プロセスに関する指針」を策定。患者の意思決定の在り方などを示した。これを受け、各学会などが独自に終末期の定義や患者の意思確認、医療行為の選択についての指針を相次いでまとめた。

 近年の指針などは「望ましい最期」を強調している。背景には多死社会の到来もある。年間の死者数は40年に168万人と今より30万人以上も増える見通しだ。日本人の8割近くが病院で死亡しており、多くの人が本人の意思とかかわりなく病院で最期を迎える状況が続けば医療機関での受け入れも難しくなる。

 だが、「本人意思の確認」の手続きは模索が続いている。健康な時と死期が迫った段階では考えが変わることもあり、最近は、人生観や療養場所も含めて事前に患者本人と家族、医師らが継続的に話し合う「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」の考え方が注目されている。厚労省の指針改定でも、この考え方が盛り込まれる見通しだ。

 一方、終末期医療の議論は命に関わるだけに慎重さが求められる。厚労省は08年、終末期の患者対応に関する診療報酬を新設したが、「患者の意思決定を無理強いする」など批判が噴出、廃止に追い込まれた。13年1月の政府の会議では麻生太郎副総理兼財務相が「死にたいと思っても生かされると、かなわない」と発言。患者の尊厳についての持論を語ったようだが、終末期の医療費と絡めて述べたこともあり、批判された。

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               寒さも底をついているとか、ご自愛ください。   


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コメント 22

takenoko

5年生存率が低いと言われた病気になって3年経ちました。なんとなくだらだらとまだ生きている人間がここにいます。何か考えさせられます

by takenoko (2018-01-13 19:31) 

koto

なんだかね〜、
そんな事考えてると、もう私には病か死しかないような気がして鬱になってしまうんですよ。
あと、食べることしか・・


by koto (2018-01-13 19:46) 

斗夢

朝目が覚めると、どんな死に方をするんだろうと毎日のように考えています。
意識のあるうちの安楽死はいやです。
by 斗夢 (2018-01-13 21:02) 

きゅんぱち

終末期となるとな~。
足腰元気な時とは必ず死生観が違ってきますからね。
診る医師の先生方におかれても難しいですよね。
by きゅんぱち (2018-01-13 21:19) 

エンジェル

私は枯れるように死んでいきたいと常々思っています。食べられなくなったなら食べずに徐々に死を迎えたい。食べなければオムツなども必要ない。家族に手を煩わせるのが一番いやです。
by エンジェル (2018-01-13 22:34) 

Baldhead1010

いろんなパイプやコードを絡ませたり、おなかに穴を開けてまでの延命は望みません。

A4の紙一枚にそういうことを印刷して、自署・押印して、エンディングノートに挟んであります。
あと、いろんなIDやパスワードも印刷して。
by Baldhead1010 (2018-01-14 04:37) 

mimimomo

こんにちは^^
もう歳と言いながら、まだ若い?と何処かで思っているのかなわたくし^^
遺書は書いていますが、これも何だか実情と会わなくなって書き直さないといけないようだし、ほかには何にも用意していないです。口頭では「安楽死」を言っています。
by mimimomo (2018-01-14 14:26) 

okko

*takenokoさん
今現在は、そんなこと考えてもみませんが、先が見えて、痛みに苦しむだけならば・・・・静かに逝かせてもらいたいです。


*kotoさん
ゴメン、ゴメン。まだ早すぎたわね。 長生きしてください。美味しいもの沢山食べてね。


*斗夢さん
意識のあるうちに、希望だけは医師に伝えておく方がいいですね。
父、103歳で亡くなりましたが、同室の介護の方が、意識のない母にこうしていつまで続くか分からない胃ろうをしていると、、お父様が羨ましいと言われた言葉が忘れられません。意識がハッキリしているうちに、自分の逝き際をきめておくのって、そんなに暗く考えないでできそうです。


*きゅんぱちさん
そうですねぇ。頭がしっかりしているうちに、ワタシは父を見習いたいと思っています。


*エンジェルさん
同意見です。胃ろうを希望した主人の兄、3年近く、病院をアチコチ盥回し、意識も朦朧とされるままに「息をしているだけ」状態で亡くなりました。


*Baldheadさん
ワタシも御免蒙ります。

同じく、いろいろと書き込んでありますが、そうか、パスワードね、そこまでは気が回りませんでした。早速・・・・。


*mimimomoさん
まだお元気だからですよ。息子たちに希望は言っていたのですけど、「お袋、ちゃんと書いておいてねって頼まれて、ノートを書き始めた次第です。
苦しいのに、いつまでも息だけしているのって、いやですね。
by okko (2018-01-14 17:28) 

Loki

 我が家では、子供たちが独立したのを機に、倒れた場合通常の治療は受けるが延命所に繋がる治療は受けないと夫婦で話し合いました。

 やっと、還暦な私ですが、それでもそういう話をしておかないといけない時代なんですよね。
by Loki (2018-01-14 19:50) 

kuwachan

私も両親には書いておいてね、と言っています。
そうでないと・・本当に困ると思います。
by kuwachan (2018-01-14 22:13) 

OJJ

古来より柳の下のドジョウは2匹と云いまっせ~ okkoさんももう少しネタを集めて『90才、結構目出度い』を書きはったら?
終末期の死生観はここ10年ほどで随分変化したと思います。近くの胃がんの名医(私にとっては単なる囲碁の師匠)ご自分も胃がんになられて十余年、大往生されましたが分からんもんはやっぱり分らんのですね~
by OJJ (2018-01-15 10:13) 

なかちゃん

終末期を迎えた者が治療を受けずに死ぬことや、あるいは注射で楽に死なせて…などというのが普通の流れになってしまったら、反対に生きたいと望む者が厄介者に見えてきてしまうかもしれませんね。現代の姥捨山みたいな話にならないかが心配でもあります。

ボクの父は事故死でしたが、血圧の上の数値が30くらいになってしまい『もう普通の生活を送ることは出来ないだろう』と言われたけれど治療を続けてもらいました。病気で長く苦しんでいるのと突然の事故との違いかもしれませんね。
それまでも我が家では誰も延命治療を望む者はいなかったんだけど、その想いなどどこかに消し飛んでしまいました。

by なかちゃん (2018-01-15 11:09) 

トモミ

本当に難しい問題だと思います。百人居れば百通りの意見があっても不思議ではないでしょう。個人的には第一に尊重されるべきは本人の意思だと思いますが、その意思表示能力まで問題にされることも大いにあり得るでしょうし…
PS:OJJさん(↑)には色んな意味で大いに賛同致します(笑)!
by トモミ (2018-01-15 15:19) 

旅爺さん

「90歳、何がめでたい」でも元気な人にとっては目出度いですね。
そろそろ国は希望者には安楽死も認めないと老人大国なんですからね。
by 旅爺さん (2018-01-15 19:06) 

okko

*Lokiさん
大切なことです。亡くなった主人とも、それは話会っていました。心配する間もなく、意識戻らず逝きましたが、それでよかったんだなぁとつくづく思いました。
「死」が大きな声で話せる時代になって、よかったと思います。


*kuwachanさん
ホントにそうですよね~。しっかりしている間に意思表示を・・・で、ワタシもノーオを書き始めました。


*OJJさん
よほどの用事がない限り、この寒さに外出もあまりせず・・・
ワンのご機嫌ぐらいしかネタありまへんで~~。
いや、もうひ孫の顔を見られただけで満足でおます。

先日亡くなった星野仙一さん、癌でそれも余命7か月と分かっておられたそうですね。凄いお人です。
自分の往生際を、大きな声で言える時代になりました。
法律改正を求めたいところです。


*なかちゃん
そんなことはないと思いますよ。あくまでも、自分の意思なんですから。
事故に遭われた方たち、健全な意思を取り戻せたら考え方も変わるでしょう。家族ではとても決められることではありませんよ。

先日、7年前、誤嚥肺炎を起こして施設に入居。友人である奥様から電話でしゃべりましたが、「もう、ホントにくたびれた、毎日見舞いに行って・・」自宅で老々介護は無理だし、悲痛な叫びを聞きました。

日本もこれから先の少子化を考えると、法案の改正を迫られるかもしれませんね。


*ともみさん
さまざまな要素が絡んでいるので、難しい問題です。父をみて、さすが職業軍人、の感を深くした次第です。


*旅爺さん
この本を書いた方たちは、印税は入ってくるし、生活に困ることはない、でも、全般的に眺めて、貧困に喘ぐ高齢者夫婦の生活をテレビでみたりすると、悲しくなります。
そう、国もそろそろ考えないと、若い人の負担が増すばかり・・・マジメなお話しちゃいましたね、へへへ。
by okko (2018-01-16 15:42) 

yakko

こんばんは。
macは在宅医療を選びました。市役所に申請して Dr.・ nurse・介護士さんが
毎日来てくれました。自分のベッドで次女と私に看取られて静かに息を引き取りました。次女が「お母さん ! ポッペにチューして」と言い、呆然としていた私は
慌てて両方の頬にチューしました。今まで見たことのない安らかな顔でした。

by yakko (2018-01-16 18:34) 

ちゅるる

私の母親のときは、お医者さんは「すでに意識はなく、回復する見込みもありません。しかし、人工呼吸器を止めることは法的にできないので、透析器を止めることで対処はできます」と言っていました。
もっとも、その必要もなく母親はそのまま眠るように亡くなりましたが。
論語でも、
吾、十有五にして学を志し、
三十にして立つ。
四十にして惑わず、
五十にして天命を知る。
六十にして耳順う。
七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず。
となっており、それ以上の年齢は想定していないですからね。
長生きもめでたいのか、それとも若い人の負担になってしまうのか......。
一休さんの「めでたくもあり、めでたくもなし」を思い出しました。
by ちゅるる (2018-01-17 15:28) 

okko

*yakkoさん
理想的な最期でしたねぇ。
ワタシの場合は、二階に長男家族が住んでいるとはいえ、みな働きに出かけているので、何れはホームに移ることになるでしょう。どこでどうなるのか、全く分かりませんが、それが何処であれ、終末期には安楽死を希望したい、書き置いてあります。生まれてくる時も、最後も、結局、人間はヒトリボッチなんですね。


*ちゅるるさん
とても気のまわるお医者様でしたね~。
そうなんです、父もいいお医者様に恵まれ、食事の量を減らす、質を変えるなど工夫をこらして、父の望み通りにして下さいました。

悲しいかな、食事を減らすどころか、最近は食欲旺盛、困ったもんです、笑
なるようにしかなりませんね。ノートはちゃんと書き込んであります。
by okko (2018-01-17 17:27) 

向日葵

あの本は、読みながら何度も笑いながら夢中で手を叩きました!!
面白かったぁ~ぁ!!

人間、あそこまできっぱりと毅然と生きられたら言うこと無し!
ですね!!


   こそこそこそ。。
    ← 前のに、母の事、続きを書いておきました。。
      よろしかったら。。
by 向日葵 (2018-01-17 21:02) 

okko

*向日葵さん
愛子さんと曽野綾子さん、同じような題材でも、書き方が愛子さんの方が面白いわね。
でも、生活費に困っているような人たちは、深刻に「愛でたくない!」っておもうでしょうねぇ。

こそこそ・・・・オーケーよ。
by okko (2018-01-18 16:58) 

テリー

私の母も、延命治療は、嫌と言っていました。最後まで、頭がはっきりしていましたので、病院に入院した時も、延命治療は不要と、医者に、言っていました。
by テリー (2018-01-18 17:00) 

きまじめさん

そろそろエンディングノートを考えなくてはと思いながら、先延ばししていました。
母が呼吸困難になったとき、気管切開を即座に断ったくらいですから
自分も、もちろん延命処置はノーです。
きちっと書いておかなくてはいけませんね。
by きまじめさん (2018-01-18 22:55) 

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