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名医とは??


   60年近く昔の話である。

   巨大な逆子をお腹の中に抱えて、臨月を迎えていた。

   大きな病院もなく、近所の産婦人科の町医者のお世話になっていた。

    「医院」という風情ではなく、普通のしもたや風医院で、およそ目立った存在

   ではなかった。



     いよいよ、という時がきたのは、暑い7月の夕暮れどきだった。

   エッチラ・オッチラ、母に付き添われて医院の門を叩いた。


     「今日はもう遅いし、アタシも一杯、やっちゃったし・・・・

    明日の朝、1番に帝王切開でいきましょう。 大丈夫だから身体をやすめて」


    病室・・・といっても、畳敷きに布団が敷いてあるだけ・・・電灯も薄暗い。

    この辺りはいくら説明しても、現代の人には理解できないだろう。


     さすがに手術室は設備が整っていた。(現代に比べれば劣るだろうが)


    「最初から全身麻酔を打ってしまうと、赤ちゃんに影響するから、まず部分麻酔で。

     生まれたらすぐに眠れるようにするからね、我慢して」


    はいはい、何でも御意のままに・・・・。 まな板の上の心境だった。

     部分麻酔の腹部を、ス~~~ッとメスが走る感覚、ボンッ!

    何かが飛び出して・・・・それっきり、意識がなくなった。


      「坊ちゃんだったよ、盲腸も腫れていたから、ついでに取っておきました」


     ニコニコ顔の先生、ボンッ!は子どもが飛び出した音で、看護婦さんが、

     ナイスキャッチ!!!


      畳敷きの病室に戻ると、運ばれてきた食事、これが奥さまお手製の、心の

     籠ったご馳走ばかり、そういえば、中年の奥さま、手術の間もずっと私の手

     を握っていてくださいましたっけ。


      後は、抜糸まで授乳時間に息子を抱いて、ご馳走頂いて、なんとも心地よい

     初出産経験を味わったのである。



      こんな経験談を書いて見たくなったのも、先日、帝王切開で母子共に死亡した

      という信じられない話を新聞で知ったからだ。

      医療は、設備の良さや体裁ではない。
    
     医師の腕にすべてが掛かっていると信じている。人柄も大切だ。
  
     何とも、お気の毒な出来事に言葉を失う。


      ボンッ!と大音響?とともに飛び出してきた長男も、58才になった。

      感無量である。




     梅雨というのに、今日も晴天。 多摩川台公園を散歩してきました。


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     遠くに見えるビル群は武蔵小杉。この高台公園からは、古墳が発掘されて

     資料館も整っているが、以前、ブログにアップしたことがあるので、省きます。


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   お馴染みの花の間を抜けると、水場があって幼稚園児たちが竿を持って


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    何をとっているの?  ザリガニで~す・・まあ、無理でしょうなぁ。

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     天候定まりません、ご自愛ください。
 

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