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雨女の旅日記 (2)


     前回で三角州地帯、つまりお城をを中心に広がる上級武家の、萩中心部

     見学が終わりました。(文章が多いので読み飛ばしてください)

     萩焼窯元の、観光客向け足ロクロ作業などを覗いて昼食。


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    萩焼きといっても、ピンからキリまで、店頭に無造作に並べられている湯呑

    は、お値段お手頃とはいえ、店を飾るほどのモノでもないのでしょう。

    「萩焼の七変化」 使ううちにお茶の色などが滲みこんで、色が7色に変わる

   のと、茶碗の高台(足の部分)に△に切れ目が入っているのが、特色。

   これは、下級のモノが使ってよろしい、という印だそうです。


      昼食も終わるころには、雲行きますます怪しくなって参りました。


    そこで、三角州に次ぐ2つ目のビックリ!

    これから、有名な「松下村塾」に向かうわけなのですが、それが

    萩城下の松本村にあること、それも、上村と下村に分けられていて、本来なら

   「松本下村塾」(マツモトシモムラ塾)、上村は身分の高いモノ、
下村はその反対、

   どこまでも身分の差別が付きまとっていたのですね。

    「松下村塾」が、「松本下村」の略だなんて、知らなかったなぁ~~!でした。

   この塾も、松陰ではなく、叔父の玉木文之進が開き、松陰はその後継者。

   
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             傘が必要になってきました。

   
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              隣は文さんたち、家族の住居。


    萩・防府2都市を巡る旅に参加した理由は、いくつかありますが、

    数記事前でご紹介した一冊の本「明治維新の過ち」を読んで、吉田松陰

   の人物像が、違う角度から眺められたから、もその1つです。

    私たちが、学校教育で学んだ「日本を変えた悲劇的主人公」は全くの虚像で、

    吉田家に寅年に生まれた次男=吉田寅二郎=松陰の本当の姿は???

    短く本文を引用します。

 
 「維新の志士を多数輩出した松下村塾の主宰者として、維新の精神的支柱となった

  偉大な思想家、教育者であり、正義を貫き「安政の大獄」の犠牲となった悲劇の

 主人公。(中略)実像は全く違う。 一言でいえば、松陰とは単なる、乱暴者の多い

  長州人の中でも特に過激な若者の1人に過ぎない」


    

     御一新が成立してしばらく経ってから、日本軍閥の祖、山縣有朋が「師」

     として崇めだし、それが学校教育で普及された・・・・・ここまでハッキリ、

    松陰否定されてしまうといささか、戸惑いますが、確かに毛利藩は松陰を

    厄介者扱いにしていますね。 「安政の大獄」の折も、大老井伊がその処分を

   毛利に問い合わせると「暴発にして、斬首やむなし」と、返事が返って来たと

   いいますから。


     前記事にも書きましたが、作者は司馬遼太郎の後輩にして、信奉者。

    それなりの資料をもとに執筆されたのでしょう、歴史とは、視点を変えると

    さまざまな解釈が出来るものです。



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        斬首の刑に処せられる直前に、家族に送った松陰辞世の句。

   松陰先生、胸の内は如何ばかりだったでしょう。親に先立つ不孝を想い・・

       ありゃ、だいぶ雨粒が大きくなってきました。


      毛利家を支えていた4色??

      「米・塩・紙・蝋」 三角州にある三田尻港では、地方との交易も盛んだったようで。


    運がよかった、と考えましょう、このあと、天気急変、風雨強く嵐のごとし。

  
   松陰神社は、東京・世田谷区の松陰神社にお骨を納めてあるし、

   松陰誕生地(石碑があるだけ)、 菜香亭は、後世、伊藤博文等が集まって

   宴会などに使った料亭(現在は資料館)まで徒歩は到底、身障者には無理・・・

  ということで、もう1人の1人参加者とバスで待機いたしました。


    湯田温泉の宿に着いて、真っ先にお願いしたのは、アイロン。

    台風並みは傘では防げず、ビショ濡れネズミになってしまいました。

    
    こんな本を読んだら、今日の現地ガイドさん、烈火のごとく怒るでしょう、

   土地の人は「松陰」と呼び捨てにせず、「松陰先生」ですから。


    下着まで濡れましたが、頭の中も当時に想いを馳せて、充実した1日でした。

    長文、拝読頂き、ありがとうございました。

     


nice!(44)  コメント(25) 
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コメント 25

お茶屋

傷物にするという「切高台」、自分はデザインとしても 案外カッコイイのではと思っております♪
by お茶屋 (2015-05-26 15:54) 

okko

*お茶屋さん
ワタシもそう思いました。今度、作ってみようかな、特許権侵害になるでしょうかね?
by okko (2015-05-26 16:09) 

moonrabbit

歴史はいろんな形で歪められ、聖人と呼ばれる人だって今だから・・・という話はいっぱいありますね。自分は歴史はそんなに強くありませんが。(^^;
by moonrabbit (2015-05-26 16:16) 

斗夢

歴史認識とは、自分の都合のいいように書き換えることのようですね。
by 斗夢 (2015-05-26 18:40) 

ゆうみ

歴史認識 他国ばかりを言うけど日本もなかなかですね、
by ゆうみ (2015-05-26 20:24) 

Silvermac

松下村塾で学んだ弟子達が出世したから神様になったのでしょうね。
by Silvermac (2015-05-26 21:16) 

OJJ

松下村塾、一番優秀だったのが高杉晋作、ビリッケツが伊藤博文と読んだことが有りますが・・・分らんもんですな~
by OJJ (2015-05-26 21:25) 

koto

大昔、萩焼の湯のみをひとつ買った覚えがあります。
津和野からバスに乗って行ったと思う。
歴史オンチなのでそれしか記憶にありません。
by koto (2015-05-27 00:03) 

engrid

 私も、切高台好きですね、どうぞお一つ作ってみたください
 視点を変えれば、見方も変わる
 歴史が証言者というけれど、都合よくしがちですしね
 いろいろな見方、考え方ができることは、良いことではと思います
by engrid (2015-05-27 00:41) 

袋田の住職

松下村塾は四度行ってます。親思う・・・の碑は、胸が打たれます。
雨はまさに、涙雨・・・「花燃ゆ」では、松陰が一ヶ月滞在した水戸藩遊学、
桜田門外の変の場面がことごとくカットされてしまいました。
茨城県民としては、残念でなりません。
そのようにして、姿は変えられれ行くのでしょうね・・・
by 袋田の住職 (2015-05-27 03:58) 

Baldhead1010

日本のある部分の礎ですね。
by Baldhead1010 (2015-05-27 04:42) 

takenoko

吉田松陰の正体も、天気も怪しくなり最後はずぶ濡れですか。温泉に入って暖まったでしょう。
by takenoko (2015-05-27 05:29) 

chichiの母

山口県はじっくり見学した事がありません。
何度か訪れているのですが、
萩に行きたいです。
by chichiの母 (2015-05-27 11:48) 

旅爺さん

爺も萩には行きましたが陶器は買いませんでした。直ぐ側が益子焼なものでね。
吉田松陰塾は見て来ました。萩は総理大臣が多いですね。

by 旅爺さん (2015-05-27 12:06) 

okko

*moonrabbitさん
古くなると、もう何がなにやら分からなくなる可能性は高いです。
たかだか100年チョット前の史実、資料も豊富な筈。それでもこう違うのですね。


*斗夢さん
この本を読んで、なるほどと頷ける部分は多々ありました。
ごく近い近過去ですものね。


*ゆうみさん
某2国は、もっと近い過去の出来事が、まだ納得できないって、横槍ばかり入れてますね。ま、これは、否定というより視点の違いを考えさせてくれました。


*Silvermaxさん
おっしゃる通りだと思います。下級武士、平民、農民がいきなり大臣や侯爵になって、松陰を神にしたのではないでしょうか。勝てば官軍ですね。


*OJJさん
晋作は上級武士の出、藩の学問所明倫館で学ぶことを許されていたんですから、さもありなん。ビリッケツが総理大臣になったのですから、いい学校出なくても偉くなれるっちゅうことの見本ですかね。いや、ドサクサまぎれだったのかも???


*kotoさん
津和野も行ってみたかったけど・・・・。
萩焼きは七変化した??


*engridさん
切高台、機会があったら焼いてみましょうか。
大河ドラマは、やっぱり主人公が「いい人」でなくちゃなりませんしね。
たかだか100年チョット前の出来事ですから、資料はふんだんにあると思います。
それぞれに、どう解釈するかですね。自由でいいことかもしれません。


*袋田の住職さま
松陰は脱藩して、「水戸学」を学びにいっているんですね。ただ、みなに愛される黄門様という方が、攘夷の急先鋒でかなり激しい性格の方だったようで。「大日本史」編纂には、農民からの取り立てが過酷なほどのお金をかけておられたとか。


*Baldheadさん
山縣有朋が陸軍大臣になって、その後の日本陸軍の礎となったのは確かです。良し悪しは別として。なお、この本、アマゾンや楽天ブックスではベストセラー1位になったとか、気楽に楽しみ、考えました。


*takenokoさん
別に松陰ファンじゃないから、それはどうでもいいこととしてビックリしましたが、雨はビックリを通り越して、風邪をひくのではないかと思いましたよ。温泉は最高でした!


*chichiの母さん
世界文化遺産になると、人出もグッと増えるでしょうから、お早い内の方がいいかもですよ。


*旅爺さん
数年まえに、会津市長と萩市長が積年の不和意識を捨てて、和解したとか・・・なんだか面白いオハナシですね。益子と萩では、陶器の感触も違いますよね。
by okko (2015-05-27 14:57) 

mamii

松下村塾は「松本下村塾」ですか、松下村の上と下からとったのですか。
それからアッツザクラはアッツ島に関係ないです。
by mamii (2015-05-27 16:58) 

cooper

歴史上の人物をモデルに作られるドラマ(或は物語)
誰を主人公に置くかで、違ってきますよね。
by cooper (2015-05-27 18:04) 

Loki

私の、吉田松陰の印象は後者・・・ 倒幕に先走りすぎて、断首されたと。

 萩、行きたくなりました。
by Loki (2015-05-27 22:37) 

nomu

萩市内の小学校は、みんな松陰語録を暗唱しています
知り合いの小学校の先生が、以前萩に赴任した時、子どもたちに教えなければいけないと知って、驚いたそうです
同じ山口県人でも、萩の松陰崇拝には驚きますよ
by nomu (2015-05-27 23:43) 

okko

*mamiiさん
なんだかややこしい話ですね~。

終戦時、中2でしたが、アッツ島玉砕、咲き誇るアッツ桜が悲しみを募らせる・・・みたいな報道があったのをしっかりと覚えているのですけど、違う花だったんでしょうね。


*cooperさん
特にテレビが媒体になると、物語は感動的に作られなくちゃなりませんからね。
今回の場合は、明らかに松陰はじめ長州が主人公だから、ホントのところは書けないでしょう。


*Lokiさん
本のお蔭で、新しい目が開かれました。上級・下級武士の差別がかなりひどかったようですから、最初の目標は毛利藩だったのかもしれませんね。

今のうちです、世界遺産になったらドッと押し寄せますよ。


*nomuさん
それは知りませんでした。
語録はともかくとして、この後防府に入ったのですが、社会見学に来ていた土地の中学生たちが、私たちをみると自分のほうから「コンニチワ~」と挨拶したのには驚きました。都会では、「知らない人に声をかけるな」ですから。
とても気分よかったです。
松陰がどんな人であったにせよ、子どもの頃から拠り所がある、っていいことだと思います。
by okko (2015-05-28 10:52) 

エンジェル

大河ドラマ「花燃ゆ」は興味深く観ております。歴史物に弱い私ですが、この時代の人達の純粋さには魅き込まれます。吉田松陰も今までどんな人なのか正体が分かりませんでしたが、ドラマを通じて少し見えて来ました。あの時代にはかなり過激な思想の持ち主だったようですね。一度萩を訪れてもう少し勉強してみたいと思います。
by エンジェル (2015-05-28 11:59) 

okko

*エンジェルさん
大河ドラマ、今回のは人間関係が少し分かり難いですね~。松陰がどんな人だったのか、興味はあいましたが、一冊の本と出会い、今まで抱いていた像が少し崩れました。
旅は学びだなぁと、こんなにつくづく思ったのは初めてです。
by okko (2015-05-28 16:35) 

トモミ

個人的には、松陰先生は発達障害の傾向をお持ちの方だったと感じております。
だからどうということでもないかも知れませんが…
by トモミ (2015-05-28 18:53) 

きまじめさん

萩焼はあの色合いが好きですが、
高台に切れ込みが入っている意味を知りませんでした。
上村、下村といい、身分の差が随分厳しかったのですね。
by きまじめさん (2015-05-30 23:24) 

okko

*トモミさん
先生のご診断なら、間違いないでしょう・・・・笑


*きまじめさん
ワタシも初めてです。

身分の差別がひどすぎるので、自分たちの藩に対する不満が、スタート地点ではなかったのか・・つまり幕府ですけどね。昨日の大河を見て、ああ、女の人が造った砦の跡もみたかったなぁと思いました。
by okko (2015-06-01 09:36) 

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