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オモチャではありません!



     先日、信じられないような事故が起こった。

 
     「オニギリの早食い競争で、喉に詰まった男性が死亡」!!!

    
    戦中戦後まで遡って考える気持ちはさらさらない。

    飽食時代日本、食べ物が溢れ返っていると同時に、食べ物を扱った行事が

  が急増したのも確かである。 「早食い競争」 「(量の)食べ比べ競争」

   食べる行為が伴わなくても、「食べ放題」「(袋に)詰め込み放題」「早い者勝ち限定」

   等々、枚挙にいとまがないほどである。

    そうそう、岩手県の「わんこ蕎麦」があった。が、あれは食べている側が、もう沢山

  と自己判断して蓋を閉めて終わるそうだ。「放題」でありながら、競争でもなく、

   自己管理と良識をともなっているらしい。

   
    無料です・・・と聞けば、長蛇の列が出来る。 「浅ましい」という言葉が頭をよぎる。


    テレビ番組にしても、「食べ歩き」番組が盛んである。 一口食べて、

    「オイヒ~~~~ッ!」 (熱い食品のときはヒ~~ッ!となる)

    「皮はネットリしているんですけど、中がサクサクしていて~・・・・」

    「表は固い食感なんですけど、口の中でモッチリと広がって~・・・」

    まだまだ、あるが書いていてバカバカしくなってきた。

    どれもまず、「う~~~ん!」で始まる。 当家はここでチャンネルを変える。

 
     街を歩けば、カフェとやらも数に入れるとして、和食はもとより、世界各国の料理

    を食べさせる、それも、横文字の、一見お洒落に見えるレストランが、これでもか、

    というほどに並んでいる。美食を味わい、違いがホントに分かっているかどうか、

  一部の人を除いて?マークだが、 ワイングラスを 傾け、満足・満足。 


    都会は特にひどい。 世界でも珍しい風景だと思う。


  何処の国、街にもレストランはある。しかし、出てくる料理は、その国独特の料理に、

   その店ならではの、味を誇っているのが特徴といっては言い過ぎか。

    中華街というのは、幾つかの国に規模の大きいのがあるらしいが、あくまでも

    中華でしか勝負はしていない。


    年平均の食物廃棄処分量は632万トンに及ぶという。

    「モッタイナイ」耳にタコが出来るほど、浸透している言葉なのに、現実は

    食べ物をオモチャ扱いにした行事が年々、増えているように感じるのは

    自分だけだろうか。

 
      食べ物はオモチャではありません、量や速さの競争に使うのは

     そろそろ止めて貰いたい。


    
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          この柿、去年まで甘かったのに・・・・


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      今年は渋いのよ~~、そんなことってある? 

                          雛にやる大事な食べ物なのに~~


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高齢者運転に思う [随筆]


   旅行から帰って、息つくひまもなく、高齢者運転講習会を受けに出掛けた。

 
     最近、立て続けに高齢者の運転ミスによる交通事故が起こり、注目度が高まった

     ようだが、「高齢者」と一括りにされるのには、どうも納得できない。



     当家のように、車がなければ買い物や病院通いが出来なくなる高齢者家庭

     も、多数にのぼると思うからである。


      だいぶ以前から、当家で決めた鉄則がある。

      遠出はしない、夜間運転は中止、 出来れば薄暮運転や大雨の日も。


      そんな折もおり、朝刊に掲載されていたコラムに快哉を。

     「日本の運転免許はもっと段階的で柔軟なものでいい。そもそも高速道路を

       走るのと、近くのスーパーに出かけるのとを同列に論じるのは無理がある。

       (中略)米国などには、「限定免許」の制度がある。運転できる地域や範囲、

        夜間か日中かの時間帯、さらに最高速度や高速道路の利用など制限の

        バリエーションはさまざまである・・・・・(以下略)」


      どこか当家の鉄則に似ていないだろうか?


     「あまりうるさく言うと、講習も受けない免許更新もしない、無免許運転が

   起こる可能性 も否めない」 さる討論会で出た言葉である。

     その可能性は多いに有り得ると思う。 

     「毎日、運転しておられるんですね、実習の講習はどうされます?」

    「はい、短距離であれ、毎日運転しているので、慣れた車以外はかえって恐いです」

     「そういうことだったら、いいでしょう」 話の分かる講師でよかった。


    自然にブレーキがかかる車・・等々、自動車会社・IT企業などは斬新な

    アイデアを盛り込んだ車の開発に躍起だけれど、乗って見る気はない。

   免許証をもらって半世紀以上が過ぎたけれども、「車は凶器」を再確認しながら、

     毎日、決まりきったような道を運転している。


   (ブログを初めて11年8か月が過ぎました。カメラもあまり持たなくなりましたので

     これからは、エッセー風なブログに変えて行きたいと思っています。文章を

     綴ることは脳の活性化にも役立ちますから。今後ともよろしくお願いいたします)


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バルカン半島の旅(9) 家路



     昨26日で旅から帰って丸1か月、ずいぶん前のことのように感じられます。


    リラの余韻に浸りながら、バスで下山。

    おや、あれは???

    
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      養蜂場でした。よき鴨、ござんなれと、たちまち並びましたよ。


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    ナッツの蜂蜜漬け、透き通ったのやら、堅いままのやらがズラリと・・・


     お味見も自由、みなさん、あれこれとお土産に買っておられました。
   
     (重くなるので、こちらは眺めているだけ・・)


     さあ、次に参ります。ソフィア市の外れヴィトシャ山の麓にある世界遺産

    ボヤナ教会。11世紀創建、14世紀増築したときのフレスコ画がイタリア

     ルネッサンスよりも表情豊かな人物の表情に現れていて、驚きました。


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      驚いたのはいいのですけど、入口が狭く、扉も痛みが激しくて撮影は禁止。

      少人数に別れての見学になりました。

      「ドアの絵、いえ、ドアにも絶対に触らないで下さい」 

   管理人のオバサンに釘をさされて、そそくさと覗いて終わりました。


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      ね、狭いでしょ? 言われなければ見落としてしまいそうな世界遺産でした。


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     大勢入って行ったけど、今日もワタシの絵、1枚も売れそうにないわ~。


     ソフィア市内に戻りました。要所を歩いて見学ということだったので、

     飛行機の時間もあり、ワタシはバスで先に到着地点、市内観光の〆、

     ブルガリア正教の中心、アレクサンドル・ネフスキー寺院前の広場で

     待機することにしました。


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     ブルガリアと言えば、薔薇。6月の薔薇祭りが最高のシーズンです。

     排気ガスを吸いながら、道路脇にも薔薇の植え込みが続いていました。


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     こんなモダンな、ガラス張りのビルもありました。EUに加盟して、西欧化が

     進むのでしょう。

    
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              これが、ネフスキー寺院と前の広場です。


      みなさんの到着を待って・・・・


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                家路を急ぐ人たちの日常の姿や風景を写したり、


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             アッ、飛行機だ!空港は近くだったんですね~。


       5時の鐘が、澄んだ空気を震わせて、心地よく響きます。寺院のテッペンの

       鐘楼から・・・・。85才の女性が毎日、鐘を15分間、ついているとか、

       負けました!!


       大丈夫かな、飛行機の出発時間は、20時40分なんですけど。

       間もなく急ぎ足に戻ってきたお仲間と、無事に滑り込みセーフ!


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       出国検査、荷物検査が済んで、この状態になればもうこちらのもの!

       シャンペンをチビチビ・・・ドーハで乗り換えて成田まで。

       フルフラットのシートで、身体を伸ばしてゆっくりと家路につきました。


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        いえいえ、こちらこそ。サービスも満点でしたよ、カタール航空さん。

       この色、カタールの色だそうです。


         長い道中、お付き合い頂きまして、有り難うございました。

     この旅で、特にめだったのは・・・・両国を通じて、スマホ持つ人、ナガラ族など

         1人も見掛けなかったことでしょうか。 今に変わるでしょうけどねぇ。


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バルカン半島の旅(8) お目当てはこれだった! [海外旅行]


  国内であれ、海外であれ、旅に出る時にはコレッ!という目的がある筈。

   海外で、行きたくなかったのは、ルーマニアとポーランド。

   前者はチャウシェスクの悪夢、後者は、アウシュヴィッツの負の遺産が

  いまわしい余韻を残し得いるから・・・じゃぁ、なんでこの旅行に参加したの???


    それはね、これをどうしても見たかったからです。


    巨大な部屋で、まんじりともしない夜が明け、バスで向かった先は、


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     山道を登って、海抜1147メートル、リラ山系に建てられた世界遺産

   リラの僧院です。


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     駐車場の紅葉をパチリして、門をくぐります。

   
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      パッと視界が開けて、画像では何回も目にした僧院が目の前に!感動!


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       リラは、「泉」の意味。「泉の僧院」です。


    ブルガリア最大、10世紀に建てられたブルガリア正教会の修道院。

    イヴァン・リルスキーという修道僧が断食の修行を行ったことが起源になって

    いるそうです。(詳しくは下記をどうぞ)
    http://bulgariatravel.org/ja/object/272/rilski_manastir


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         さすが、泉の水が・・・


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    本館を囲むように300室の住居部分があり、修道僧たちの生活の場でした。


    本院の中は、撮影禁止でしたが、外廊下は、天井から壁まで、鮮やかな色彩の

    壁画で埋め尽くされていました。


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     とても全部は無理! 白いお洋服を着たお嬢ちゃん、洗礼を受けに来たと、

     パパさんが嬉しそうに教えてくださいました。


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    山の静寂のなかに佇む、美しい修道院、これを見たいばかりに

       このツアーに参加した・・・いや、その甲斐は充分にありました。

           もう少し余韻に浸りたいので、お約束を破り、帰国は次回ということで・・・・。


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バルカン半島の旅(7)美術館都市 [旅]



    また、少し歴史のお勉強。


    ブルガリアは、ビザンティン帝国や、オスマントに侵攻された歴史を持ちますが、

   1185年には前者の征服に終止符を、打ちました。

  1876年4月、通称4月蜂起が起こり、こちらもオスマンに対抗して独立を

   果たしました。

 
     その中心となったのが、コプリッツア(いら草)という村で、土地を追われた

   人たちも隠れ住みました。19世紀、民族復興期には商業で栄え、商人たちが

  競って豪邸を建てた、牧歌的風景に恵まれた村でした。


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      裏に小川のせせらぎが聞こえる、田舎風な木造のレストランで昼食。


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     お豆のスープと自家製パン。食器もテーブルクロスも、なんかいいなぁ~。


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     堅牢な石垣に囲まれているのは、4月蜂起リーダーの1人カラヴェロフが

    住んでいた家。(時間の都合で1軒しか見学できませんでしたが、検索すると

    色鮮やかで重厚な民家がたくさん、残っていました。)

 
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     このような歴史のある古民家が多いことから、美術館都市を宣言しました。

    世界ではこの他に、ウイーンやブダペストなどが美術館都市に指定されて

     いるそうです。


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     記念碑の広場を背に、小川が流れ、ベンチが置かれていて、食後の

    ブラブラ散策には、最適でした。美術都市宣言、初めて耳にしました。


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      ニャンもワンも、仲良し。

      

    自由時間を気ままに過ごして夕方、首都ソフィアに入りました。


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       街の賑わいが戻ってきました。

 
       ブルガリアの首都、ソフィアは、この女神ソフィアから付いたそうです。

      道路の真ん中で高々と、にこやかにほほ笑んでおりました。


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        その日のホテルは、超モダン!首都ですもんね。

         食事は生ブルガリア白チーズが乗ったショプスカ・サラダが美味。


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          そして、1人なのに貰った部屋は超特大!!!!!

   
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     身の置き所がない・・とはこういうことを言うんでしょうか。

      どうにも落ち着かない、最後の夜というのに、なかなか眠れませんでした。


      ブルガリアは映画産業も盛んで、京都の太秦のような映画村があり、

     「テルマエ・ロマエ」も、ブルガリアで撮影された部分があるとか。

   
    次回で帰国いたします。


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バルカン半島の旅(6)ブルガリアの小さな村


   明治時代以降、「西洋」という言葉が通常は使われていました。

     西洋館、西洋料理、西洋人形etc. 今はどうなんでしょう、外国?? 

     西洋とは、8世紀に形成された、ゲルマン民族の伝統とラテン系キリスト教のカソ

   リック文明。民主主義に代表される、



   東は、地理的特徴よりも、むしろ歴史・文化によって区別され、これらの国の多くは

    東ローマ帝国やオスマン帝国の支配を受け、特にビザンティン文化の影響

    を色濃く残しています。

 
      ヨーロッパも一括りにはできないわけで、北欧、南欧、東欧、中央部は何て

    呼ぶんでしょ、フランス・ドイツ・ベルギー辺りは???


     パスポートを検閲官に見せて、両替を済ませ、ブルガリアに入り、先ず

     目についたのが・・・・


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      見慣れない文字。 ブルガリアの表記文字はキリル文字なのです。

       地図を見ても分かるように、ブルガリアはギリシャと国境を接しています。

       幾度かギリシャにも攻め入ったよし、ギリシャ文字は正教会の牧師

       キュリロス兄弟が考案した24の文字、

       我々もアルファ、ベーター、オメガ、シグマなど、日常使っています。

     (ギリシャ旅行のとき、留守番していると、ギリシャ人のオジサンが紙に

       書いて教えてくれました。今も大切に持っています)


      ブルガリア、人口732万、公用語はブルガリア語で、表記文字はキリル語、

      ヨーグルトしか知らなかったのが、また、学びました。(疲れるけど)


    現地ガイドさんと別れを告げて、琴欧洲関にゆかりの古都ヴェリコ・タルノヴォ

    に向かいました。

  
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     国立体育協会?とでも呼ぶのでしょうか、琴欧洲もここでレスリングに

     明け暮れていたのでしょう。


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       農業国ブルガリアらしい風景を眺めながら、バスに揺られて、


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    1187~1393年第二次ブルガリア帝国の王宮、ツァレヴェッツの丘を

    眺め、

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            ああ、もう日が暮れる~~~。


     果たせるかな、ホテルに着いた時はトップリと陽も落ちて・・・・


      古いホテルで、鍵も昔ながらの重い逸品、エレベーターがで困惑でした。

     何故かというと、マイナス一階とかマイナス二階とかの表示で

     「ナニナニ、これ????」

      バルコニーから夜景を見て納得しました。

 
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      小高い丘の上にへばりつくように建っていたのです。1階がフロントで

       客室が地下ってわけでした。


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     イライラするから、翌朝、もう一度同じ角度で。

   
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   キレイな小川が流れ(セントラ川)、右に、夜撮った教会の一部が見える

   なかなか景色のいいホテルでした。


   琴欧洲関が生まれた場所ではありませんが、きっとこれに似た環境だった

      のでしょうね。

      明日は、可愛らしい村を歩きます。旅もあと1日、もう暫くお付き合いください。


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バルカン半島の旅(5)マイケル、違うでしょ?? [旅]


   ルーマニアの首都、ブカレストに戻って、駆け足市内観光。


     西欧パリに憧れたという説もあるように、凱旋門までちゃんとあるんですよ。


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         さすがに車の数も増えました。


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      アテネ 音楽堂、博物館、旧共産党本部などが並ぶ近代的なこの一帯を、

      独裁者チャウシェスクが整備した国民広場と呼ばれています。


 
     ひときわ、異彩を放つのが「国民の館」  部屋数3000以上という膨大な

     建物です。

     まあ、この小さな国、歴史年表を紐解くと、さまざまな変遷続きで、頭が混乱!!


     結論から申しますと、1947年にルーマニア人民共和国が誕生、


     共産党による一党独裁がはじまり、チャウシェスクは第一書記に。

   
      独裁者となれば、好き勝手、反対勢力も増え、致し方なく彼は、この

     館からヘリコプターで脱出を試みる・・・そのまま逃げられればよかったのに、

    途中で忘れ物に気がついた! あら、大変、取りに戻った所を捕まえられて、

    ご存知、夫妻ともに処刑されてしまった、 くれぐれも忘れ物はしないように・・・

    という良い教訓でございました。


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       霧にも雰囲気は感じられますが、取りあえず、webより一枚拝借して・・・


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        このバルコニーから、絶叫演説をしたチャウシェスク、気分は最高だったでしょう。


        ところが、1992年に初ライブを行ったマイケル・ジャクソンの場合は??


        この建物の前に詰めかけたファンを前に、


         「ハロ~~~~~!!! ブダペスト!!!」  違うでしょ!????

        ファン一瞬、白けたというオマケまでついていました。 



        1-7.jpgおなか、すいたなぁ


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       1-9.jpgウン、マンゾクよ。


             お手洗い休憩の合間に、車窓から。微笑ましい風景。


        さて、ルーマニアにお別れを告げて、ドナウ河を渡り、ブルガリアへ。

         入国検査を受けて、お金両替して・・・

          琴欧州関にゆかりの古都ヴェリコ・タルノボへ向かいました。

                          


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バルカン半島の旅(4)今宵は楽しく [旅]



      前回、正教の話題に関して。

      ルーマニア正教徒は2千万人、ロシア正教徒に続いて2位の数だそうです。


     旅も半ば、バスに揺られてドラキュラが住んでいた城のモデル、ブラン城へ。

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           上るにつれて、霧がかかってきました。


      手摺のない階段を100段登るというので、またお留守番。

      ここはルーマニア国内でも人気がある観光地なので、日曜日と重なった

      からでしょうか、ルーマニア国内からの観光客でも賑わっていました。

  
          1人、城を見上げる庭を散策。見上げると・・・


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       本来はの姿は 1-13.jpg (web より拝借)



  実際にヴラド3世が住んだことはなく、祖父のミルチャ老公の住居だったそうです。

   
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     場外の広場は、土産物店や、スナックショップがビッシリと軒を並べて。

     織物やら木工品、瀬戸物、マグネットなどなど、いずこもおなじような土産物

     が並んでいました。


      冷やかしているうちに、みなさまお帰り。

   さすがの急こう配の階段に、息を切らせている人も数名おられました。

      来た道を一路、首都ブカレストに向かいます。バス、およそ3時間。



      一度ホテルに入り一休みの後、1879年創業の老舗レストラン”caruku Bere”

      カルク・ベレへ。



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        ルーマニア・ダンスのお出迎え。

       それにしても、建物の風格、右端には説教壇もみえるので、もとは

       教会ではなかったかと? 違いました。教会風に作ったそうです。


      我々の席は階下。

      そこで面白い楽器を発見。

             
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    ツァンバル、ピアノの原型に近い楽器で、ピアノ線状のものを羽根の付いた棒で

     叩いて音を出します。音としての存在感はあまりないように思いました。


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      ヴァイオリン、コントラバス、アコーディオンの編成で、ルーマニアジプシー

      音楽。壁画とも合って、いい雰囲気でした。


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         最後は、美人歌手が民謡までご披露してくれました。


    というわけで、野菜クリームスープ、ビーフシチュー、小サラダにドリンク

    を頂き、これだけは是非、覚えておいてください、名物デザートですから・・

     添乗員さんのおすすめで。(あまり食べ物の写真撮るのが得意ではないけど)


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     揚げドーナッツ、パパナッシュ。チーズをふんだんに練り込んだドーナッツ、

   仕上げにサワークリームなどをかけた、思い切りヘビーなデザートで

     ございました。


     車窓観光の多い1日でした。 次回は首都ブカレスト観光のあと、

   ブルガリアに入ります。

      


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バルカン半島の旅(3)  要塞教会って? [旅]


    昨年、キューバを訪れたとき、海に面して巨大な要塞が目につきました。

    海上からの侵略を阻止するために。


     今回は、要塞教会という新しい言葉にぶつかりました。

    国境を越えれば、いつ、何処から敵が襲ってくるか分からない立地条件です。


      ルーマニア人、もとはと言えば、原住民ダキア人がローマ帝国に制圧されて、

      混血が進み、その後もギリシャやトルコ等からも多民族が移入して、15世紀に

      ワラキア公国の王が全国を統一し、1時的に独立したわけです。


      その後も、エジプトあたりからも人が流れてきて

      「エジプシー」(ジプシー野郎)とさげすまれた、そこからジプシーなる言葉が生まれ

       た・・・のちにロマ人と呼ばれるようになりました。


      この人たちは今でも、家を持つことを嫌い、持ったとしても掘立小屋のように

    お粗末なテントにちかい、 その後もゲルマンが入るトルコからも来る・・・・

    生活の格差は 車窓から見ただけでも、歴然としていることに気がつきました。


     油断も隙もない、緊張した生活が続いたのでしょう。

                                       (歴史の話、面白くありませんね)


      一旦、コトあるときに逃げ込んだのが教会です。どれも堅牢な壁に囲まれた

      いわば緊急避難所的存在。

      ルーマニアには、7ツの世界遺産に指定された要塞教会があります。


       ところで、教会といっても、宗教は西欧のローマン・カソリックやプロテスタント

      諸教会ではありません。  正教です。  ギリシャ聖公会を祖に。

     ここは ルーマニア正教。ブルガリアはブルガリア正教会、それぞれに東欧の

     各国に分かれます。


       正教会は、東方正教会とも呼ばれ、日本にもロシアから19世紀後半、

      聖ニコラスが布教のために来日。 東京の御茶ノ水にはニコライ堂があります。


       キリストはハリストスと呼ばれ、偶像崇拝ナシ。



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    装飾も簡素で、以来、見学した教会も壁画とイコンが壁を埋めていました。


      宗教のお話も、どうも難しくて細かいことは分かりません。


      聖歌は伴奏なしのアカペラ。(元の言葉はイタリア語の、ア・カペラ。カペラは

      礼拝堂の意)

       これ位にしておきましょう、詳しく知りたい方は、検索してみてください。


      避難が主ですから、大抵、小高い丘の上にありますが、脚の不自由な旅人は、

      下でご同僚を待っておりました。

      その間にも、教会の多いこと! キョロキョロ。


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       尖塔の形がローマンカソリックと違いますね。


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          これは、要塞教会でしょう。後期ゴシック様式です。

     
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         十字を切るとき、カソリックは右から左、正教は左から右に切ります。


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    ( webからお借りしました)   十字架の違いがお分かりになるでしょうか?


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      今日も重い話になりました。しかし、概して宗教には疎い日本人、とても

      勉強になりました。


     みんなが丘を登っている間、小さな屋台の土産物を冷やかしていたら、

     相手はゲルマン民族の血を引くのか、こちらも下手なドイツ語を駆使して、

    菩提樹の花から 採った蜂蜜を買ったり、ベンチに座って辺りの景色を眺めたり、

      相変わらず、マイペースな旅の1日でした。


    なお、前回、パプリカの肉詰めは、ドラキュラの心臓の誤りでした。
   訂正させて頂きます。


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吸血鬼ドラキュラ バルカン半島の旅(2) [旅]


   ルーマニアといえば、吸血鬼ドラキュラを思い浮かべる方もいらっしゃるのでは?


     不肖、ワタクシ、全く無知でございました。

     「吸血鬼ドラキュラ」は、アイルランドの作家ブラム・ストーカーの小説であって、

  架空の話、そのモデルであり、15世紀に実在し、ワラキア公国を統治していた

  ヴラド・ツェペシュ3世は、気性は激しいながら、英雄視もされていたそうです。


     オスマン帝国に攻め込まれ、年貢を納めるように、と遣わせられた使者を

    無礼である、と言って「串刺しの刑」(当時は極刑として普通に行われていた)

    に処した、怒ったオスマントルコの大軍を迎え討ち、勝利。

    捕虜は全員、串刺しの刑に・・・・それを見たオスマントルコ軍は撤退。

    ツェペシュは「串刺しにする者」を意味するそうです。


    また、 ドラキュラはニックネームで「小竜子」を意味し、彼もそのニックネームが

     お気に入りだったと言われています。


    妖精を信じるアイルランドの作家ならでは、考え付かなかった小説かもしれません。

    ただいま、長文小説の文字を追っております。

    吸血鬼文学で、今もなお健在なのはドラキュラとフランケンシュタインだけ?


      前置きが長くなりました、

     小説「ドラキュラ」のモデルになった町、シギショアラに到着。


     出迎えてくれたのは、こちらの時計塔。高さ60メートル。


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    屋上のテラスに登ることもでき、深夜0時になるとからくり人形が動き出す。


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    12世紀にザクセン人が入植して、ドイツ系住民の職人や商人が、経済を

    発展させた、ドイツ名シェースブルグ。ドラキュラとは無関係なのに、

    いつの間にか、「ドラキュラの時計塔」と呼ばれるようになってしまいました。



      そこで昼食。


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     物語のドラキュラが生まれた家のモデル、現在はレストランになっていました。


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          物々しく時代がかった調度品、


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         ナフキンまでオドロオドロしい~~!


       お料理は2コースで最初は、人の血に見立てたトマト味のスープ


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    メインはパプリカのひき肉詰め。ということは、ドラキュラの心臓をイメージしたそう

    で・・・。


     まあ、これも一興。お味は大変によろしゅうございました。


    この小説を書いたのがアイルランド人であることに、なぜか合点しました。

    2年前に訪れたとき、妖精の存在を信じる、つまりこの世に存在しないモノを

    信じる風土、国民性に興味を持ったからで、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)も

    アイルランド人。日本の島根県に古くから伝わる霊的存在に魅せられて帰化

    しましたし、水木しげるさんも同じように妖怪の存在を信じておられました。


    あの地方には、他府県にない別な風土が存在するのかもしれません。

     話が飛びました。 駄文、拙い写真、失礼いたしました。


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